フクアリは再び奇跡を見た 2025 J1昇格PO準決勝・ 大宮アルディージャ戦
2025/12/7(日)13:00
フクダ電子アリーナ
J1昇格プレーオフ準決勝
千葉 4(0-2,4-1)3 大宮
<得点>
20分 大宮 14泉
32分 大宮 37関口
48分 大宮 30アルトゥール・シルバ
71分 千葉 29カルリーニョス・ジュニオ(6エドゥアルドの浮き球パスをダイレクトボレー)
77分 千葉 6エドゥアルド(クリアボールをグラウンダーのミドルシュート)
83分 千葉 37姫野(11米倉のパスを胸トラップ、ドリブル突破、左足ループシュート)
87分 千葉 28河野(CK品田→ダイビングヘッド)
ああ、この景色は見た事がある。
絶体絶命の苦境、決して諦めないスタンド、
勇気を与えるゴール、
降り注ぎ、身体を包み込むような声援、
ぐちゃぐちゃの歓喜。
17年前、同じここフクアリで。
ただ一つ違うのは、これで終わりではないという事だ。
2025年12月7日、ジェフは大宮に勝ち、J1へあと一勝と迫った。
ーーー
最終節から一週間。
勝ち点1差で自動昇格を逃した悔しさは確かにあったが、
それ以上の高揚感が大宮戦に向けて高まっていた。

プレーオフ準決勝、舞台はフクアリ。
これまで幾度となく挑み、弾き返されて来たが、フクアリでの開催は初めてだ。
チケットは発売と共に売り切れ、一週間と言う短い準備期間の中で、ジェフに関わる全ての人が、この試合に向けて、J1への復帰に向けた戦いに向けて、それぞれの立場で出来る限りを尽くして臨んでいた。

朝早くからフクアリはジェフイエローで溢れる。入場してからも普段とは違うザワつきがスタジアムを包んでいた。全ての客席に準備されたコレオペーパー。スロープだけでなくグローボ前の信号まで黄色い人垣が選手バスを出迎える。

決戦に臨むメンバーには、今治戦で負傷退場した椿と小林祐介外れ、吉田源太郎と姫野誠が入った。アカデミーはこの日公式戦があった。姫野はそちらを優先するものだろうと思っていたから、メンバー入りは驚きだった。
スタメンには、椿に代わって杉山。イサカが左に回る。
それ以外は、ここ数戦不動のメンバーだ。
一方の大宮は、GK笠原や、FW豊川、O・サンデーがコンディションが整わずに不在。
ジェフが、椿以外にも、スアレス、田中、植田を負傷で欠いているように、長いシーズンを経て、メンバー構成には苦労したようだ。
DFの中心には、大宮の象徴・市原吏音。
選手入場に合わせ、コレオがスタンドを彩る。
ゴール裏にエンブレム。残るスタンドは、ラスタのストライプが掲げられた。

エンドチェンジはなく、13:00KICKOFF。
勝たなければ敗退の大宮に対し、ジェフはホームの声援を後押しに一気呵成の猛攻を仕掛ける。
ハイプレスで大宮に圧力をかけ、右の杉山を突破口に仕掛けると、カルリーニョス・ジュニオが間隙を衝いてアクロバティックなシュートを狙う。さらに、CKからはファーでフリーになった石川が決定的なシュート。
が、相手GK加藤のファインセーブに決定機を2つ3つと防がれてしまう。
押し気味ながら決めきれない。嫌な空気が漂い出す。
ほとんど大宮の攻め手が無かった中、20分のCK。
変化をつけた、いったん戻してからのクロス。
ファーで折り返され、食らいついた泉に地面にめり込むようなヘッドで押し込まれてしまう。

VARが入り、重苦しい時間が流れる。オフサイドか否か。判定の重み。ゴール裏では『これが入っても入らなくても0-1のつもりで再開後しっかり応援しよう』とコールリーダーから声がかけられる。
固唾を飲んで見守ったが、判定の結果は、残念ながらゴール。
わき返る大宮側のスタンドを一瞥し、ふっと息を吐き出して再び声を張り上げる。
流れが変わり、再開後も、大宮がペースを握る。
勢いを得て前がかりになる相手を捕まえきれない。
32分にはペナルティエリア手前でボールを持ったSBの関口に誰も寄せる事が出来ず、強烈なミドルを振り抜かれてしまう。大輔の頭をかすめてシュートコースが変わり、若原の伸ばした手も届かず、0-2とされてしまう。
さらにその後にもCKからゴールを割られるも、今度はオフサイド判定に救われる。
前半は、そのまま0-2で終了。さすがに空気は重かった。
この大一番で、ホーム長崎戦で見たような、攻めに攻めて決めきれず、逆に失点を重ねる悪癖が顔を出してしまった。

後半に向け、メンバー交代は無し。
確かに前半の試合の入りは悪くなかった。誰かが明らかに悪い訳ではなかったが、スコアは0-2。
何か変化が欲しかったが、まだ監督は動かない。
互いに「次の1点」が勝負の分かれ目とギアを上げた開始直後、大宮が畳みかける。
48分、またも変化をつけたCKに対応できない。エリア外でボールを持つ相手に寄せられず、アルトゥール・シルバにグラウンダーのシュートを打たれ、これもディフェンスに当たってコースが微妙に変わってゴールに吸い込まれてしまう。
0-3。
さすがに崖っぷちの状況だった。
スタンドの空気は確かに消沈もした。が、そのすぐ後に湧き上がって来たのは、『今年これだけやってきて、こんなところで終わってたまるか』と言う強烈な反発心だった。やけくそと言ってもいい。スタンドの声援は、より一層の覚悟をもったものとなった。

そして60分、1枚目の交代が準備される。
見えた背番号は『37』、姫野誠だった。
ザワつくスタンド。もうこの試合を諦め、ジェフの未来を背負う選手に、この舞台を経験させると言う事か、そんな考えも頭をかすめた。
が、この時ほど、普段選手を見ている監督と、所詮、外からしかジェフを見ていない、いちサポーターとでは、見えているものが全く違うと思ったことはない。小林監督が打ったのは、間違いなくここから逆転するための勝負の一手だった。この重苦しいフクアリの空気を入れ替え、火を点けるための。
姫野は投入されてすぐ、ワンツーからエリアに切れ込んで、鋭いシュートを放つ。
「おお!?」
セーブされたものの、何かをやってくれるんじゃないかと言う空気が、瞬く間に広がる。
『希望』あるいは『勇気』。点差はある。けれども、1点が入れば、あるいは。
71分、右の壱晟がイサカに展開。クロスは相手に阻まれるも、こぼれボールを再度拾ってエドゥアルドへ。ふわりと浮かせたパス、カルリーニョス・ジュニオは背面から落ちてくるボールをダイレクトボレーで合わせ、右下隅へ流し込む。
1-3。
『希望』が朧げながら『形』を見せ始める。
だがまだ2点差。
それでも、何かが起こる。このままでは試合は終わらない、終わらせない空気がフクアリを包む。
ゴールの余韻が冷めやらぬ73分、小林監督が2回目の交代カードを切る。
ゴールを決めたばかりのカルリーニョス、そしてイサカ、田口に替え、
呉屋、ヨネ、品田が投入される。勝負を賭けた3枚替え。
この交代で姫野は右へポジションを変える。
再び勢いを得たジェフは、大宮が前に運ぼうにもボールに選手たちが食らいつき、押し戻す。GKまで戻してもヨネ、呉屋が猛然とプレスを仕掛けて余裕を持ってボールを蹴らせない。ボールを奪えばシンプルに前へ運び、波状攻撃を仕掛ける。
激しいゲーム展開に、アルトゥール・シルバが足を攣らせてしまう。
その隙を衝き、ジェフはスローインからの再開で、品田が密集をするりと突破してマイナスのクロス。こぼれ球に走り込んだエドゥアルドが右足を振り抜き、キーパーも反応できない弾丸シュートが右隅に突き刺さる。
歓声が弾けた。
これで、スタンドは完全に所謂『フクアリの奇跡』と同じゾーンに入った。
全周囲総立ちのスタンドから拍手と声援が響き、屋根からそれが跳ね返って来る。
しかも今回はあの時よりもジェフサポの比率が多い。メイン、バックには、あの時はゴール裏だった面子もいる。そして、何よりあの時を知らない大勢のサポーターが、本当のフクアリ劇場を自ら作り出して、大宮を飲み込んでいった。
まだ、勝っているのは大宮だというのに、絶対に逆転できると信じて疑わなかった。
ピッチでは、声援に後押しされた選手たちが、食らいつき、ボールを奪い、大宮ゴールを攻め立てる。
81分には、若原からのフィードを右サイド受けた姫野が中に切れ込みながら左足でミドルシュート。僅かに枠を外す。こいつは何かが違うと思わせたそのすぐ後だった。
ゴールキックをディフェンスが跳ね返すと、エドゥアルド、そして呉屋が目いっぱい身体を伸ばして頭で繋ぐ。
それを見た、姫野が一気に前に走り出す。「ここ!」と指さした前のスペース。呉屋からボールを受けたヨネが、託すようなパスをダイレクトで繋ぐと、姫野は加速しながら胸トラップでボールを収め、トップスピードでディフェンス2人の間を吶喊してく。

2人を振り切りキーパーも飛び出しきれない。
姫野が放ったシュートは緩い弧を描いて、サイドネットに収まったのだった。
ボールがネットを揺らし、相手ディフェンスが天を仰いだ瞬間、
フクアリのスタンドも、もう意味の分からない大興奮状態に陥って、誰もかれもが拳を突き上げ、あるいは絶叫し、抱き合い、姫野の名を叫び、あるいは茫然と涙を流してこの瞬間に立ち会えた事を感謝していた。

そして、どこからともなく誰かが「これで終わりじゃないぞ」「集中しろ」「もう1点」と叫ぶ声に重なるように「WIN BY ALL!」の声のカタマリが、スタンドを揺るがす。
その地響きのような声を従えて、姫野がスタンドを煽り、ジェフ三唱で吼える。
信じられない、まさに未来を切り拓く、新星の鮮烈な一撃。
あのゴールは、アカデミーの、ジェフと言うクラブを取り巻く全ての人の思いが乗り移ったものだった。過去の武藤や、谷澤が窮地で放ったループが重なり、彼が背負う37番が何か力を貸してくれたんじゃないかとすら思えるようなゴールだった。
あまりにも。あまりにも劇的だった。
一方、0-3から同点に追いつかれた大宮は、落ち着こうとしてもそれが出来ない、混乱状態に陥っているかのようだった。このスタジアムの空気、無理もない。3-3となり、再び勝ち越しゴールを奪わねば敗退となるレギュレーション。
捨て身の大宮は、DFリーダー、市原を前線に残し、カウンターで勝ち越し点を狙うスクランブルの布陣をとる。残り時間は5分ほど。
立場が入れ替わり、残り時間の少なさが味方となったジェフは大宮の攻勢をいなして、逆にコーナーを奪う。
大宮は前線に3枚を残し、捨て身の反撃体勢。
が、このフクアリの空気の中で、それはあまりに不用意だった。品田が蹴ったボールへ、狙い澄まして河野が飛び込む。問答無用の豪快な一撃が、ネットに突き刺さる。まさに、止め。大宮の心を折るような4点目がジェフもたらされた。

90分、エドゥアルドに代えて前を投入。
ATは7分。もはや流れは変わらない。
大宮の放り込みも、突破も身体を張って跳ね返す。
ATも終わろうかと言う頃、この日もう何度目か分からない「WIN BY ALL!」がフクアリを揺るがす中、試合終了のホイッスルが鳴ったのだった。




死地からの生還。ピッチでは、 歓喜の輪の中、ヨネが「これで終わりじゃねぇからな!」と気を引き締める。
スタンドもそれは同じだった。ここまでは来た、これまでも何度も来た。けれども、ここから先が果てしなく遠い。この歓喜に浸って止まったら、これまでと何も変わらない。そのことは、誰しもが痛いほど分かっていた。
それと同時に、この声援なら、ここフクアリなら、立ち塞がって来た壁も、きっと越えられると確信出来た試合でもあった。

選手同士の挨拶が終わると、大宮の選手、スタッフがセンターラインに整列し、ジェフ側のスタンドに向けて一礼をした。ジェフ側のスタンドも歓声を止めて、大きな拍手を彼らに送った。逆の立場だったら、自分はきっと同じことを出来なかったろう。この試合、途中まではそうなる可能性の方が高かった。大宮側の気持ちが痛いほどに分かるだけに、この劇的な試合終了直後に礼を欠かさなかった大宮のフェアプレー精神に、心から拍手を送った。
強かった。そしてお互い、持てるものを出し尽くしてぶつかった試合だった。
さあ、これであと一つ。
6日後の相手は徳島に決まった。
ここまで来たなら、相手がどこであろうとやるだけだ。
それにしても、薄氷の勝利だった。
途中までは完全な負けゲーム。相手のセットプレーに対応できず、エリア前でボールを持たれても寄せ切れずに振り抜かれる安い失点。この期に及んで、当たり前の事を当たり前にできなかったから0-3まで追い込まれてしまった。
決めきれなかった沢山の決定機。
姫野投入による劇的逆転劇も、本来はそんな試合展開にしてはならなかった。
しょっぱい試合でも、失点せず、相手を追い込んで勝ち切る、そんな展開がプレーオフでは必要なはずだ。
奇跡は決して続けて起こらない。
けれど、このフクアリの空気は作る事が出来る。何度でも。
6日後、またここフクアリで決着をつけよう。
次がJ2最後の戦いだ。
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